空想ノート雑記

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前統括官補佐についての聞き取り調査

 年末供養。
 虚空の旅人を読んでないとチンプンカンプンだと思います。



 エドガーに手記の写しを渡し、しばらく経ったころの話である。
「なんだこれ」
 わたしは原本を積んだ山からその紙をつまみ上げた。アンダーソンのものではないが、このの筆跡は見たことがある。写しから顔を上げたエドガーを見て、それから我関せずと書き写しを続けるハルシオン。話すべきか、と悩む前にエドガーから質問が飛んだ。
「何か見つけたのか?」
「ええ。ええと……前統括官補佐についての聞き取り調査?」
 ゴッ、と鈍い音がした。
 何事かと思えば、ハルシオンが後頭部を押さえてうずくまっている。後ろの机にぶつけたらしい。致命的なもののように聞こえたが、当のハルシオンはプルプルと震えながらも手をこちらに向けて振った。大丈夫には見えないが。
「というか見た目以外は結構普通ですね。ハルシオンって」
「いやまあ、危険人物だったら俺も一緒に行動とかしないからな」
 優秀だし、見た目がアレなだけだよ、とエドガー。その見た目ですべてをマイナスにしていると思う。
「そんなことより、一体?」
「手記の記述者とは別の人物が書いたインタビューのようです。それほど長くないですし、読み上げますね」
 エドガーの後ろでハルシオンの手が更に激しく振られるが、見なかったことにする。





前統括官補佐についての聞き取り調査

 前統括官補佐であり、現在筆記役見習いM.Andersonによって口述手記を作成している異邦人・蒼鷺 ブルーバードについて、彼と親しい人物に聞き取り調査を行った。
 なおこれは非公式な文書であり、ここに記述された内容の全責任は統括官補佐ベンが負うものとする。

 だからブルーバードはあちこち睨まないように。外見並みの行動に見えてみっともないですよ。
――ベン

インタビュアー、筆記:ベン

対象1:統括官ビオレッタ
 ――ブルーバードとの関係を教えてください。
 関係、ねえ。[約30秒の沈黙]知人、としか言いようがないわ。昔からの。
 あなた(註:インタビュアーのこと)は知ってる話だけど、私は拠点サウスポールエイトケンに来る前、他の拠点で活動していたの。そこに来たことがあったのよ。ブルーバードと、グラッドと[やや言いよどむ]エドガー。
 ――それが初対面だった?
 そうよ。サウスポールエイトケンに行く途中だって言っていたから、本当に最初のころね。
 ――当時の彼はどんな様子でしたか。
 手記にあった通りよ。つんけんして、皮肉ばかり返すような奴だったわ。まあ、あんな外見であの声だもの。真に受ける人はいなかったわね。
 あの時のブルーバードを直に知っている人なんて、私とグラッド、それにブロウエンもかしら? 今じゃこの三人だけ。それほど間を置かずに再会したのだけど、その時にはあいつ、もう今の態度になってたのよね。
 ――つまり、彼のつっけんどんな態度は一時的なものであったと?
 でしょうね。身体の形が安定するまで、閉鎖空間でたった一人だったらしいし。情緒不安定になってもおかしくないでしょ? まあ、腹黒いのは元々みたいだけど。
 あら、もう時間? これくらいでいいかしら。
 ――はい。ありがとうございました。


対象2:伝令役ブロウエン
 ――ブルーバードについてお話を伺いたいのですが。
 なんで俺があのクソトリガラの話をしなきゃなんねえんだよ、[罵倒]。
 ――まあまあ。
 [約1分間、聞き取れない声量で何事かを呟く]
 お前さあ、マリアの練習帳にあいつが俺を嫌ってるわけじゃねえって書いてたな。確かにカンナを連れ帰った時点ならそう言えただろうよ。
 ――今は違う、と?
 俺が知るかよ。あばよ、これから上司のお部屋をちょいと改装しねえといけないんでな。
 ――あ、ちょっと。

 インタビュアーの制止を聞かず、ブロウエンは退室しました。
 この直後、統括官オウヤンの執務室が爆破された件については、事件記録01-520-15cを参照してください。


対象3:力の悪魔 K.Gladstone
 ――あなたはブルーバードとは古くから交友があるということですが、彼についてどう思っていますか。
 やつについて、か。[首を横に振る]おれに言えることはあまりないよ。
 ――一番付き合いが長いのはあなたですよね?
 長さだけなら、な。今では喋ることもないほどだ。どうやら避けられているらしい。[声を低くひそめ]因果応報と言われれば、それまでなのだがな。


対象4:異邦人・陶製 カンナ
 ――ブルーバードの第一印象はどのようなものでしたか?
 うん。実を言えば、あまり印象がない。
 ――印象がない? 確か、彼はあなたを連れ帰ったメンバーにいましたよね。
 それはそうなんだけど。ブロウエンは矢面に立って私を助けてくれた。グラッドは訓練に付き合ってくれた。ブルーバードだけは別行動で、水面下で知の悪魔たちとの調整をしてくれた。個人的に彼と話す機会もなかったから、他の二人と比べると知らない。
 ――なるほど。
 同じ異邦人としては、いや、同じ異邦人としても、言えることは少ない。ああでも、彼は意志疎通ができるのに人の形をしていない。それは珍しくとブロウエンが言っていた。
 ――人の形、ですか。
 詳しいことは知らないけど。元が人間だから、行き過ぎにならなければ普通は人の形を留めておくものらしい。
 ――確かに彼は鳥類ですね。
 記憶はあやふやだけど、初めて見た、と思う。個人的に、きれいな生き物だと思うよ。
 ――外見に関しては私も同意します。ありがとうございました。


対象5:世話役アンジー
 ――あなたはブルーバードによって、この拠点にやって来ましたね。
 はい。
 ――ブルーバードについて、あなたの印象を教えていただけますか。
 [長い沈黙]嫌いです。
 ――その理由は。
 あの人は嘘つきです。
 ――それには同意しますが。
 あの人は分かってたんです。分かってたのに、知らないふりをして。あの[罵倒]野郎。
 ――あなたも苦労したんですね。
 分かりますか。あいつ文字通り外面だけはいいから誰も信じてくれなくて。
 ――ええ、ええ。
 なんなんでしょう、なんでわざわざあんな他人に舐められるような態度ばかり取って。
 人を小馬鹿にしてるんです。しかもあんな小さな子まで騙して。
 だから嫌い。大っ嫌い。
 ――嫌なことを思い出させてすみません。本当にありがとうございました。


対象6:M.Anderson
 ――ブルーバードについて、どう思っていますか。
 [声をひそめ]ねえ。私は、いていいのかな。
 ――どうしたのですか。
 あの人のおかげで、私は今ここにいる。けれど、私は本当なら顔も合わせられないようなことをしてしまったんだよ。
 許すって言ってくれたけど、私は。
 ――アンダーソン。君はブルーバードの話を紙に書き記すという仕事をしている。それは、楽しいですか?
 [数秒の沈黙]うん。楽しいよ。色々な話を聞けて、すごく楽しい。
 ――ブルーバードも、あれで嫌な仕事からはよく逃げようとしますからね。逃げる素振りを見せないということは、彼も楽しんでいます。
 そうかな。そうだと、嬉しいなあ。
 ――アンダーソンは、ブルーバードのこと、どう思っていますか?
 好きだよ。一緒にいられるのは、心が痛い時もあるけど、すごく嬉しいんだ。




「以上です」
 聞き終わったエドガーは、何とも形容しがたい顔をしていた。
 どうたとえるべきか……酒と思って飲んだら酢になっていて、すすぐために水を口に含んだら今度は水でなく酒だった、というような顔だ。
「“エドガー”を気にしているんですか。大丈夫ですよ。同名の赤の他人ですから」
「あー、カイドウ、それは……」
「それにしても……こいつらは、これが後世歴史的大発見として世界中に回るとは思ってなかったでしょうね」
 ゴッ、と再度鈍い音がした。発生源は同じである。
 頭を抱え突っ伏したハルシオンと、額を押さえてしまったエドガーを横目に、わたしはその文書を脇によけた。
 たぶん紛れ込んだものだろうし、後回しでもいいだろう。偶然だ、偶然。