空想ノート雑記

SS、ちょっとした設定、雑記など

夏暁の夢

 フリーワンライさま(@freedom_1write )の企画に参加したショートショートです。ただし拙作のネタバレに繋がるためタグをつけての投稿はしませんでした。

 Kの水葬から中塚弟こと浩二の話。

 お題は水平線に君をのぞむ

 机から崩れ落ちて、そこでやっと浩二ははっきりと目覚めた。

「……あー」

 どうやらいつの間にか寝てしまったようだ。打った頭をさすりながら体を起こす。郷土史のコピーによだれがついて、インクがにじんで書き込みごと読めなくなっていた。しまった、と思うも後の祭りである。

 開けっ放しの縁側から見える空は白み始めている。明けの明星が東の空にある他は、もはや星も見えやしない。

 強い山風が庭の植木を揺らしている。父が金をかけて整えた庭は、今では最低限のみ業者に頼んでいる有様だ。荒れてはいないが、義務感のにじむ庭はまるで自分の取り繕いのようではないか。

 故郷に戻ってきて、初めての夏である。

 浩二は縁側の柱に寄りかかり、膝を立てて座った。

 故郷を離れたのも真夏のことであったから、あれからちょうど一年経ったのだとと言える。

 浩二の体感時間ではそれほど経ったようには思えないし、周囲の人間からすれば失踪して二年経っている。このズレは致命的で、あの出来事を現実だと認めることも、夢と断じることも出来なくしていた。

 無意識に首をさする。

 海に飛び降りて、気づいたら知らない場所にいて、二週間だと思って帰ってきたら一年以上経っていた。

 間にあった少女との小さな交流はともかくとして、タイムスリップしたような認識の齟齬は、自身の身に起きたことだとしてもどこの三流小説かと疑いたくなるような出来事だった。記憶に混乱が生じて妄想とごたまぜになっているのだと自分から精神科医に相談し、一方で首に残った指の跡が、飛び降りる直前に絞めてきた相手とぴったりはまることを確認する。

 最初は一年以上経っているということが信じられず、しばらくして自らの記憶に自信を失い、そして今では開き直って身辺を整理している。

 浩二は、あちらを現実だとすることに決めた。こちらのものを全て捨てる覚悟も。

 そろそろ日の出だろう。白んだ空はどんどんと赤く色づいていく。

 浩二はあくびをかみ殺し、つっかけを履いて庭に出た。潜り戸を抜けて道路に出ると、眼下に海が一望できる。日の出の近い空の下、沖の漁り火が遠く瞬いていた。

 たぶん、彼女はあの向こう側にいるのだ。理由などなく、それは確信として、あるいは妄信として浩二をせき立てた。

 結局、今の彼にはそれ以外、寄る辺にできるものなどないのだ。

「すぐ会いにいくから。待っていてくれーー玖珠古」

 つぶやいた言葉は、弱々しく朝日の中に溶けていった。