グッドモーニング エンドワールド
フリーワンライさま(@freedom_1write )に参加したショートショートです。
これは一年以上前の作品となります。
オリジナル/優しいおわり/憂鬱な月曜日
明日世界が終わるそうだが、夜久浅一(やひさあさいち)はいつも通りに歩いて登校した。
通学路に人気はない。どころか、この街自体に人間はほとんど残っていないだろう。なんでもウチュージンとの交渉に失敗したせいで、街を覆うように上空に待機しているウチューセンから大量殺戮兵器が投下されるのだという。
普通の人間は少しでも長生きしようと街を出た。残っているのは一割の馬鹿と、四割の悪党と、五割の移動手段のない弱者だ。あと少しで市に昇格できたはずのこの街の人口は、たった一週間で少子高齢化も真っ青なほどに減った。
起き抜けの体は面倒くさがって力を出さない。高校に到着して、教室へと向かう。
今日は一応日曜日だが、高校には案外人の姿がある。それはここのOBでもある校長だったり、家族に捨てられた生徒だったり、そんな生徒を見捨てられない教師だったりした。夜久もまたその一人だ。八人乗りの普通車がタイミング悪く故障して、親は姉と弟を選んだ。夜久と飼い犬のタロは置いていかれた。
教室につくと、いつも通りのメンツが揃っていた。今日はウノをしようか、それとも豚の尻尾か。スクールバッグの中を漁りながら近づくが、なんだかいつもと様子が違う。
「あ、やひさおっは」
「おう」
挨拶して定位置に座る。その間も矢田はまくし立てていた。
「とにかくね、ウチュージンは大地が欲しいのよ。ずーっとウチュー暮らしだったから、文字通り地に足ついた生活が送りたいの。だから先住民には退いてもらうしかないわけよ」
「ほんとにどったの矢田ちゃん。とうとうイかれた?」
久世が茶化す。だが、矢田の目は本気だ。
「どうもしてないわ。だって、私もウチュージンの一人だもの」
矢田以外の面々は押し黙った。
正直、冗談としても笑えない。
だが、最後くらいギスギスせずに別れたいものだと思う。
「じゃあ、お仲間のウチュージンに伝えろよ。最後の夕焼けくらい見せろってさ」
夜久がそう言うと、追従して黒川がメガネを直す。
「お前らのウチューセンは日照権を侵害しているからな。洗濯物も乾かんし、植木も萎びてきた。それくらいの譲歩はあってしかるべきだ」
久世だけは何とも言えない表情で俯いていた。それに目もくれず、矢田は目を爛々と輝かせて頷いた。
「任せなさい。あなたたちは私によくしてくれたもの。きっと叶えてあげる」
それだけ言うと、矢田は駆け出した。教室から遠ざかる足音が完全に聞こえなくなってから黒川が唸った。
「とうとうおかしくなったんだろうな、矢田は」
久世は目線を伏せたまま、膝の上の手を握り締めた。
「仕方、ないよ。もう慣れた気がしてたけど、やっぱ嫌、だもん」
夜久は二人の顔を見て、スクールバッグからトランプを取り出した。
「ババ抜きしよーぜ」
その日は夜久の一人勝ちだった。
夕焼けは、ひどくありふれたものであったはずだ。
空の縁は真紅から橙、黄や緑を経て青、そして藍に移り変わる。雲は鮮やかに染まり、そして流れていく。影法師は長く伸びて、近所の家からカレーや肉じゃがや、とにかく晩御飯の用意をする匂いが漂う。
そんな、ありふれたものであったはずだ。
約束は叶えられた。
夜久たちは、ウチューセンの上にいた。
空は確かに沈む太陽に染まっていた。だが、それは親しんだ夕焼けではない。
呆然と空を見るしかない三人の後ろに矢田がいた。
おかしな服を着た矢田は満面の笑みでこちらをじっと見ている。その手は妙な質感の紐を束ねていた。
約束を叶えた代わりに、夜久たちは献体となるらしい。
「しにたくない」
ぽつりとこぼれてしまった言葉を皮きりに、久世の口から叫びが堰を切って溢れ出す。
「死にたくないよ。なんで死ななきゃならないの? あたし何もしてないのに。何も、できてないのに……!」
「久世……」
久世を抱きしめる黒川の肩も震えている。それを横目に、矢田は小首を傾げて夜久に問う。
「夜久くん。最期の夕焼けを見た感想は?」
まるで勝ち誇ったようにさえ見える矢田に、夜久はそれでも笑ってみせた。
「死に晒せ、クソ女」
そして、世界のおわりの朝が来る